
都会にもリゾート地にも自宅を構えONとOFFを使い分け自分の思い通りに生活シーンをクリエイトする。
それは「マルチ・ハビテーション」というリゾートのスタイル。
熱海・湯河原・真鶴は東京からのアクセス至便なリゾートエリア。
その海のおおらかさと、その自然から湧き出す温泉のくつろぎは、あなたの休日の楽しさを謳歌するのに十分なライフステージ。
もうひとつ上の、華麗な人生の豊かさがここにある。
東京をスタートした愛車BMW550@Touringは
潮が香る湘南バイパスから一路熱海へ向かう。
このダイナミックで圧倒的なパフォーマンスを秘めた快適性は、
私を究極のリラックスへと誘う。(車体本体価格1030万円)
都会の荒波を渡る舟人たちよ、安らぎの停泊地へ急げ

眼前に群青色の大海原が広がった。
少しずつ、ではなく、映画の場面展開のようにだしぬけに、
愛車のフロントガラスが幾千ものさざ波のきらめきに覆われる。
土曜日の朝の、いつも見慣れているはずの風景なのに、
彼の胸にはなぜかそのたびごとに新鮮な感動が沸き起こる。
愛車は小田原厚木道路から西湘バイパスを抜け、
石橋インターの上りを大きく右にカーブして国道135号線へ。
ここから真鶴自動車道、熱海ビーチラインを経由して
週末の住みかであるマンションまで20分たらず。
朝のコーヒーを平日よりもゆっくり味わってから
東京都心の自宅を出発しても、前夜のうちにひと足早くやって来た妻と
バルコニーでランチを愉しむ時間には充分に間に合う。
彼は都内の大学病院に勤務する脳外科医である。
40代の現在は教授として指導にあたるかたわら、年間200例を超える執刀をこなす。
この一人きりのドライブはその緊張感を解きほぐし、
気持ちの昂ぶりを鎮めるための一種の儀式のようなものだ、と彼は思う。
妻も若い助手を使いながら歯科医院を切り盛りしている。
しかし、彼のように夜遅くなる仕事ではないので、
いつも金曜日の夜にはこちらに向かうことにしている。
東京から新幹線でわずか30〜40分。車を運転するよりも、
列車のシートでぼんやりする時間が心地よいのだという。
左手に横たわる真鶴半島の影が除々に鮮明になる。
相模灘の彼方に初島がうっすらと浮かんでいる。
「ああ、いいね、この風景」と思わず声に出してつぶやく。
頭の中はすっかりからっぽだ。無念無想。
何も考えない、というのはなんて魅惑的なんだろう。
もっとも、
マンションが近づくにつれて、
この2日間の自由気ままでのんびりとした生活時間が
いやがうえにも脳裡に思い描かれて、胸がわくわくとしてくるのは、
いつものことなのである。
掲載写真は、みはるかす海と空と伊豆の緑に抱かれて走る真鶴自動車道(’08・4・4撮影)
ふと黙り込むと、サーフサイドの風が笛の旋律に変わった

「海が、道楽です」
他人から「ご趣味は?」と訊かれたら、
いたずらっぽくニヤッと笑ってそう答えることにしている。
道楽、と言う言葉が好きだ。
肩ひじ張らず、斜に構えず、おおらかに人生を愉しむ。
・・・というのも、私が弁護士として常日頃から四角四面の
法律論に身を浸している反動なのかもしれないが。
若い頃から、ボードセイリングやヨットに夢中だった。
50歳を超えた現在でも、ときおり海好き仲間の
クルーザーを駆ってトローリングに出かける。
気持ちだけはあいかわらず血気盛んなのだが、
しかし、いかんせん体力が追っつかない。
そこで、最近は若い頃からのもうひとつの道楽、
もっぱら音楽に打ち込むようになった。
もちろん、何事にもアクティブを信条とする
私のことだから聴くほうではなく演奏するほうである。
仕事柄、関西など遠方へ赴くことも多いのだが、
金曜日の夜には必ず新幹線に飛び乗ってこのマンションへ帰る。
1週間ぶりに楽器のやつと再会するのが何よりうれしい。
真鶴辺りの地魚料理のグルメ三昧だった妻も
そのうち感化されて楽器を始めるようになった。
二人とも、元来がおしゃべりではない。
楽器を手にしていないときは、
朝からほとんど口もきかずに海を眺めている時間が長い。
山の上のお気に入りのレストランへ行っても、海の遠景が会話の相手だ。
「きょうも、きれいね」「ああ、いい気分だ」
交わす言葉はそれだけでいい。
時間によって、日によって、季節によって、
それぞれ違う表情を見せてくれる海は、
こうして遠くから眺めるのもいいものだ。
潮の香を胸いっぱいに呼吸し、潮騒をすぐそばで聞きたくて、
人のまばらな朝早い時間や夕暮れ時などには、
散策がてら浜辺まで出かけることも多い。
いつかはこの場所で夫婦でセッションを・・・
などという夢を描きながら。
掲載写真は、小波のメロディーに包まれてゆったりと時が流れる熱海サンビーチ(’08・4・16撮影)